院長の髙木です。
今回は開業する前に口腔外科に長く勤務していた時のことについてお話ししたいと思います。
大学歯学部に進学して6年間の教育を受け、国家試験に合格後、進路を決めなくてはなりません。
{5・6年生で行われる臨床実習 2000年頃の学生時代の写真}
現在ではさらに1年以上の臨床研修が必須となりますが、私の時代にはまだ義務はありませんでした。
大学病院の専門の科に入局する、研究のために大学院に進む、開業医に就職するなど色々な選択肢があります。
大学病院には、口腔診断科、小児歯科、矯正歯科、歯周病科、放射線科、歯科麻酔科、補綴科、保存修復科、歯内療法科、口腔外科、インプラント科などの専門科があります。また、解剖学、生理学、生化学、病理学、薬理学、細菌学、衛生学、歯科理工学、歯科法医学などの基礎系に進むという選択肢もあります。
私はこの中でもとくに専門性の高い口腔外科の道を選択しました。5年生から始まる臨床実習(ポリクリ)で、口腔外科をローテーションしている際、たまたま当たった症例で、口腔外科の先生が患者さんの舌から毛を抜いていました。舌がんの手術後に他の皮膚から採取した皮弁を使った再建を行い、生着後に毛を抜いていたのです。衝撃を受けましたね。これが口腔外科に興味をもった大きなきっかけの一つです。
{明海大学歯学部}
口腔外科(oral surgery)は虫歯や歯周病の治療を除く、顎口腔領域の外科処置を中心として、その治療全般を扱う診療科で、外科の一分野であると同時に歯科の一分野でもあります。文字の上からは口の中のみを対象とする外科ととられがちですが、実際には口の中に限らず、口腔機能に関与する部分がすべて対象となりますので、上下顎、顎関節、顔面、頸部などの外科的治療も含まれます。口腔顎顔面外科(oral and maxillofacial surgery)の名称で診療を行っている医療機関もあります。すなわち、抜歯をはじめ、歯性上顎洞炎や顎骨骨髄炎などの炎症性疾患、良性腫瘍、舌がんなどの悪性腫瘍、顎骨内や軟組織に発生する嚢胞性疾患、唾液腺疾患、顎骨骨折などの顎顔面外傷、唇顎口蓋裂などの先天異常、顎変形症などの骨格性の不正咬合、三叉神経痛などの口腔顎顔面領域の神経性疾患、顎関節脱臼などの顎関節疾患、口腔粘膜疾患など受け持つ範囲は広い診療科です。日本では口腔外科に従事する医者はその殆どが歯科医師であり医師は少ないのが特徴です。これは咬合などの顎口腔機能が歯科と密接に関わっているからです。フランス・ドイツ、英国、スイス、オーストリアにおいては医師および歯科医師のダブルライセンスが必要となり、米国でも両ディグリーを取得する流れとなりつつありますが、日本においては歯科医師または医師のシングルライセンスで行うことができます。
口腔外科に進む場合、歯学部の口腔外科に入局するか、医学部の口腔外科に入局するかという2つの選択肢があります。歯学部の口腔外科に進んだ場合、周りは皆歯科医師ですので口腔外科の診療しか行いません。対して医学部の口腔外科に進んだ場合、周りは皆医師ですので、口腔外科以外の一般的な歯科治療も行います。 まれに医学部口腔外科で一般歯科はまったく行わない機関もあります。
進路を考えている際、母校である明海大学歯学部第1口腔外科の講師の先生からお誘いを受けたりもしたのですが、当時はどうしても都心部に勤めたい気持ちが強かったため、慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科、東京医科歯科大学歯学部顎顔面外科(第一口腔外科)、当時日本では舌がんに対するイリジウム針による組織内照射(放射線による密封小線源治療)の先駆けであった現東京医療センター口腔外科、町田市民病院口腔外科など色々と見学させていただきました。いずれの医療機関も口腔外科としては一流でした。結果として慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室に入局しました。
{慶應義塾大学病院}
慶應はまず2年間の研修医過程が義務付けられます。歯科と口腔外科をローテンションし、そのうち6ヶ月間は麻酔科研修を受けます。
外科系研修医は全員麻酔科をローテーションするため、他科の仲間も多くできました。
加えて1年目から当直もあります。
都心部では救急体制がある口腔外科は慶應、東京女子医大しかありませんでした。東京女子医大は3次救急のみ。ですので当時慶應の研修医は全国で最も過酷だと聞いていました。一晩に2人の下顎骨骨折を受け入れ、一人で朝まで顎間固定をしたときもありました。
麻酔科研修中は一切外来に関わることなく、一日中手術室で全身麻酔のトレーニングを受けます。
口腔外科の手術は勿論、他科の麻酔も経験できました。6ヶ月間一日中手術室にいると少し病みます(笑)
2年間の研修を終えると、4年間の専修医(レジデント)過程があり、歯科を専門にするか、口腔外科を専門にするかを決めなくてはなりません。私の場合はもともと口腔外科を専門にしたいという強い思いがありましたので、迷わず口腔外科を専門に決めました。長時間の手術や当直、全身を広く学ばなくてはいけないため、長く従事する人は少ない科です。当時は開業することなどまったく考えておらず、一日中口腔外科の勉強をしていました。3年目は専修医になり1年間慶應で口腔外科の診療に専念しました。その後慶應では関連病院への出向が義務付けられており、一時は大学院への進学も考えましたが、口腔外科臨床を深く学びたい思いから、当時関連病院では最も過酷とされる国立病院機構栃木病院口腔外科(現 国立病院機構栃木医療センター口腔外科)への出向を決意しました。
{現在の栃木医療センター}
当院は関連病院の口腔外科の中でも最も口腔癌治療に力を入れていた医療機関でした。都内には医学部・歯学部の附属病院や市中病院の口腔外科は数多く存在するため、それに付随して症例も限られてしまいますが、栃木県には大病院の口腔外科というと栃木病院の他、自治医科大学、独協医科大学、足利赤十字病院しかないため、県中のありとあらゆる口腔外科疾患を経験することができました。また、農家仕事の方も多かったので収穫の忙しい時期にがんを放置し、かなり進行してから受診する方などもおり地域医療についても深く学べました。早期がんは症状がない場合が多く、医療機関への受診が遅れ、がんそのものの診断が遅れることが多いのです。舌がんなどの頻度が高い扁平上皮がんはもちろん、粘表皮がん、腺様嚢胞がん、腺房細胞がん、多型腺がんなどの唾液腺の悪性腫瘍も多かったですし、唇顎口蓋裂においては当時東京歯科大学第2口腔外科の内山健二教授が定期的にいらっしゃっていましたので、よくオペをご一緒させていただきました。
唇裂の手術です。
生まれながらにして唇が割れている状態。口唇口蓋裂をもって生まれてくる赤ちゃんの出生頻度は日本では約500人に1人程度。ご両親やご家族のショックは大変大きなものだと思います。基本的な治療は手術でそれを縫い合わせることです。全身麻酔が安全にかけられる生後3か月程度、体重5㎏を目安に手術を行います。唇顎口蓋裂のお子様のうち約15~20%が他の病気を合併しています。具体的には手足の病気、心臓の異常、頭蓋の異常、耳介の異常などが挙げられます。
「Millard法+小三角弁法」と呼ばれる口唇形成術。
手術終了時所見。
多くの手術を経験しましたが、耳下腺腫瘍の手術は思い出に残っている手術の一つです。
唾液腺腫瘍は唾液腺に生じる腫瘍ですが、この症例は「ワルチン腫瘍(腺リンパ腫)」という大唾液腺、とくに耳下腺に好発する良性腫瘍です。圧倒的に喫煙者に多く見られます。
耳介下端から首の横しわに沿って皮膚をS字状に切開し、顔面神経を確認、温存しながら腫瘍と周りの腺組織をわずかに付けて切除します。耳下腺内には顔の筋肉を動かす顔面神経があるため、耳下腺腫瘍の手術においては、顔面神経に麻痺をきたさないような取扱いが必要になるため、良性腫瘍の手術といっても慎重な手術操作が要求されます。
顎骨に生じた嚢胞。口腔外科ではかなり頻度が高い病気です。あごの骨の内部に嚢胞と呼ばれるふくろ状の構造を形成する病気です。初期の段階では無症状で経過することもあり、歯科医院などで撮影されたレントゲン写真がきっかけとなって見つかることもあります。治療は外科的な摘出です。
この手術では残存骨が少ないため、術後顎骨骨折を防ぐため、プレートで固定しました。
「エナメル上皮腫」。顎骨に発生する代表的な良性の歯原性腫瘍で、口腔外科ではよくこの病気の手術を行います。
10~20歳代で発見されることがほとんどで、無症状で経過するために顎骨に腫れ、顔面の変形、永久歯が生えてこない、歯が移動するなどの症状で受診することが多く、比較的病気が大きくなってから発見されます。
良性でありながら、術後再発を繰り返し、周囲軟組織まで進展する病態もあります。まれではありますが、悪性の経過をとることもあります。
顎骨切除療法の場合、顎の骨を大きく切り取らなければならず、全身麻酔科での侵襲の大きな手術になります。
顎骨部分切除を行いましたが、残存骨が少ない場合は顎骨骨折を防ぐため、プレートによる固定を行います。
抜歯も行います。エナメル上皮腫では歯がスパイク状に吸収されるのが特徴です。
エナメル上皮腫の手術は本当に多かったですね。
出向して卒後4年目にして歯性上顎洞炎の「上顎洞根本手術」の執刀から始まり、その後多くの手術を経験させてもらいました。
罹患した上顎洞粘膜を剥離・切除し、中鼻道、下鼻道への交通路(対孔)形成する手術。
現在ではほとんど行われなくなった手術ですが、この手術はインプラントの併用手術として行われる上顎洞底拳上術に今でもとても役に立っています。
{私が勤務していた頃の栃木病院}
1908年に創設された栃木県宇都宮市にある病院で慶應の関連病院の一つです。初診患者さんの約半数が紹介患者さんで、県北・県央の口腔外科に関する基幹病院です。口腔癌治療を中心に、顎変形症、嚢胞性疾患、唇顎口蓋裂、炎症性疾患、外傷などありとあらゆる口腔外科的疾患を経験しました。県を代表する国立の総合病院にして、口腔外科が一つの売りだったほど手術件数、入院件数が多かったです。勤務してすぐに決まった曜日の初診担当医となり、次から次へと紹介されてくる患者さんを診察し、CT検査やMRI検査なども一人で判断した後にオーダーし、手術日などを決めていきます。このときはCTやMRIの読影を徹底的に勉強した時期でした。とにかく口腔癌の患者さんが多く、初診の段階ですでに頸部リンパ節に転移している方なども結構おりました。休日もほとんど病院にいて、抗がん剤のオーダーをしたり、患者さんの包交を行ったりしていました。当直当番の時は多い時で一人で20人以上の入院患者さんの処置を行い、気が付いたら一日が終わることもありました。たまの休日でもオンコールで常に病棟から呼ばれます。末期がんで癌性疼痛に対するモルヒネが切れて激しい疼痛で呼ばれたり、気管カニューレが外れかかったり、夜中にモルヒネの副作用による幻覚で病棟中を徘徊する患者さんがいたり、末期がんの方が急変して呼ばれたりなど。明け方に亡くなられた女性のご遺体の口から飛び出したがんをきれいに取り除き、元のお顔に戻るように縫合処置をしたこともありました。また、歯科医師ではあまり経験できない死亡診断書を書いたりなどもしましたね。この頃は週末にマクドナルドなんかで楽しそうに過ごしている家族やカップルを見て羨ましく思っていましたね(笑)
一度オンコールで呼ばれ、急いで車で病院に向かった際、側道にはまってしまい、近隣の方がJAFを呼んで下さり、何とか間に合ったことは今でも忘れられない思い出です。新生児病棟とは真逆で、口腔外科ではなくなられるケースが多いので、生死について深く考えさせられた時期でもありました。歯科医師としては珍しく多くの死に立ち会ってきたことを今改めて実感しています。
気管切開などもここで初めて経験しました。気管切開というのは、本来の気道口である口もしくは鼻孔とは別に、新たに前頸部に気道口をを設ける手術のことです。術野が気道の一部である口腔外科手術では、術後の気道閉塞予防のために期間切開や気管カニューレを留置など人工気道確保が行われます。とにかくプライベートなど皆無の2年間を過ごしました。
本題に入る前に私が多くの口腔外科臨床を経験した中で、強く心に残っている症例の一つを公開します。
栃木病院口腔外科に出向し、初診医となった初めのころの症例です。
50歳代、男性。近医歯科医からの紹介で診断名は「急性壊死性潰瘍性歯肉炎」いわゆるANUG。体力の落ちた方や、ストレス下にある方が、歯肉の壊死と潰瘍形成を特徴とする歯肉炎で、痛みや出血、悪臭などを伴い、発熱、頸部リンパ節の腫れ、倦怠感などの全身症状を伴うこともあるという疾患。
確かにこれらに該当するところはありました。しかし、すこし疲れていて、寝不足で・・といった感じではなく、やっと椅子に座っている感じで、下を向いてぐったりされていました。どうみても疲労感が普通ではないのです。個人歯科医院と違い、口腔外科ではこれでは情報が足りなさすぎます。
早速採血を行います。白血球数は通常男女ともに1ミリ立方メートルの中に4000~9000個ですが、この症例では10万個以上を超えていました。
すぐさま、当時血液内科では全国でもトップクラスの済生会宇都宮病院の血液内科に紹介しました。
診断は「急性リンパ性白血病」。
結局この10日後にお亡くなりになったと連絡をいただきました。
歯科医師が歯肉の腫脹や出血で第一発見者になることが多いといわれています。歯肉の腫脹が通常の歯周病やANUGと違い、唇側、舌側と異常な腫脹をきたします。この症例から今でも白血病を疑う姿勢を忘れていません。
口腔外科の重要性を心から実感したのはこの時かも知れません。
大病院の口腔外科ではさまざま疾患を扱いますが、中でもやはり「口腔がん」が最もメインの疾患となります。
2005年における口腔がんの罹患数は約6900人で全頭頸部がんの約40%を、また全がんの約1%を占めると推定されています。
年間約6000人が罹り、約3000人もの方が死亡しています。
その名のとおり「お口の中にできるがん」のことで、多くは舌、口底(舌の下側)、歯肉(歯ぐき)にできます。
早期口腔がんの5年生存率は90%と良好ですが、進行口腔がんの死亡率は約50%と低く、治療しても重い機能障害が残ることがあります。
一般の方は、口の中にがんができることはご存じでも、命に関わる病気だという認識はまだまだ低いのが現状です。
口腔がんにおいても、他のがん同様にがん細胞が血管やリンパ管を通してさまざまな臓器に移動するだけでなく、増大しながら隣接する臓器の膜を突き破って転移します。とくに口腔がんでは「がん性胸膜炎」でお亡くなりになるケースが多いです。肺と胸腔内を覆う薄い膜のことを胸膜と呼び、この胸腔内に何らかの炎症が起こると、胸痛や呼吸困難などの症状が現れます。がん性胸膜炎とは、がんが胸腔内に播種したことで胸膜炎が起きた状態のことです。予後は不良で、半年以内に亡くなることが多いです。がん細胞が胸膜を突き破って胸腔内に漏れ出し、胸膜に転移した状態で、肺がんや乳がんなども胸膜に転移しやすいがんです。
また、口腔がんにおいても進行例の80%が、「がん性悪液質(カヘキシア)」にかかります。悪性腫瘍ではよく発生します。悪性腫瘍の末期における、炭水化物やタンパク質の代謝変化などを原因とする悪液質を「がん性悪液質」と呼びます。身体の衰弱・消耗、がんの急速な増大・転移につながり、食欲不振による体重減少が生じます。
口腔がんは進行すると命に関わるガンです!
最近では、「頭頸部外科」といって、脳を除く、頭部と頸部、顔面に発生した良性、悪性腫瘍を専門的に取扱う診療科ができ、対象となる部位と臓器は上・中・下の咽頭、副鼻腔間隙、口腔、舌、歯肉、喉頭、鼻、副鼻腔、耳下腺、顎下腺等の唾液腺、甲状腺、聴器、側頭骨、頸部食道などで、これらを頭頸部外科医、頭蓋底外科医、形成外科医、耳鼻咽喉科医、消化器外科医、口腔外科医などが集学的に共同作業で治療する傾向になってきています。単独の科で治療する時代ではなくなってきているということです。
私は口腔がん治療には深く関わりましたので、今回は口腔がんについてご説明します。
そもそも口腔がんには舌がん、口腔底がん、歯肉がん、頬粘膜がん、口蓋がん、上顎がん、下顎骨がんなどがあります。
一般的には初期の口腔がんは痛みや出血などはなく、硬いしこりが触れるのみの場合が多いです。
なかなか治らない口内炎の場合も注意が必要です。
進行がんではしこりが外側に大きくなる傾向のものもあれば深部に浸潤していくものもあり、特に後者の場合は意外に進行しているものが多く、潰瘍を形成して痛みや出血を伴うことがあります。さらに増大すると言葉が喋り辛くなったり、食事が取り辛くなったり、またがんが頸部リンパ節に転移し、顎の下や首のリンパ節の腫脹をきたすことがあります。こうなると生命予後に大きく関わってきます。私も残念ながら口腔がんで命を落とされた方々をさんざん経験しました。今でもとても辛い思い出です。慶應で長年担当させていただいていた結婚したばかりの20代の女性で「顎骨骨肉腫」という予後不良な難治性のがんを患われた方を毎日病室で処置していたことは今も忘れられません。 脳神経外科と合同で、開頭手術、下顎骨離断という大手術を行い、術後はMTX大量療法を施行し、ひどい副作用の毎日でした。休日も毎週早朝から病室に向かう日々が続きました。体調が少しよくなったときは、よく色々な話をしました。旦那さんが毎日、どんなに忙しいときでも仕事後にバイクでお見舞いにきていました。病室で日々の思いを綴って書かかれた手紙をよく頂戴し、今でも大切にとってあります。この時に口腔がんから一人でも多くの命を救いたいと心から思いました。
検査はCT検査やMRI検査、超音波検査、シンチグラフィー、生検、採血などを行います。
口腔がんの治療法は局所的には病期により決定されます。それにがんの部位、組織型、年齢、既往歴、合併症、臓器の機能や一般的な健康状態に基ついて慎重に治療方法を選択します。口腔がんの治療法は外科療法が中心となり、放射線療法、抗がん剤による化学療法、痛みや苦痛に対する症状の緩和を目的とした緩和療法があります。
手術においては
(局所切除術)
がん全体と周囲の正常組織の一部を切除する手術法。がんが骨まで浸潤している場合には、そうした骨組織の切除も行われることがあります。
(頸部郭清術)
頸部リンパ節と頸部のその他の組織を切除する手術法。最近では術後の後遺症を低減させるため、これらの組織を可能な限り温存する外科療法が工夫されるようになっています。
(再建手術)
身体の一部の再建を行う手術。口腔や咽頭、頸部などを修復するために組織移植などを行うことがあります。口腔内の欠損に対しては、通常患者さんのお体の別の部分(腕の皮膚-前腕皮弁やお腹の皮膚-腹直筋皮弁、足の皮膚-前外側大腿皮弁など)を使って再建します。この際、術後の機能低下をできるだけ防ぐためにさまざまな再建外科の技術が駆使されます。
(放射線療法)
一般的に口腔がんに対しては放射線療法単独で治療されることは少なく、術後治療など手術の補助療法として、放射線外部照射療法が行われます。口腔がんに対して、内照射療法(密封小線源治療)を行う施設もあります。
(化学療法)
一般に口腔がんに化学療法を行う場合、遠隔転移に対して全身化学療法が実施されます。口腔がんに対して病変を栄養する動脈内に直接薬剤を注入する化学療法を行っている施設もあります。薬剤はその領域にあるがん細胞に集中的に作用することを期待されます(局所化学療法)。
「前癌病変」のひとつ「白板症」。口の粘膜が白色に変化する病気を指します。白板症は前癌病変(悪性化する可能性がある病気)と呼ばれ、がんが生じる前の対応として外科的に切除することがあります。確定診断のため病理組織検査を行います。病理検査とは病変から組織を一部採取して顕微鏡で観察する検査です。組織学的には異形成と呼ばれる変化をおこしている場合は、正常組織とは異なります。異形成は軽度、中等度、高度の3段階に分類され、異形成の程度が高度である場合にはがん化しやすといわれています。病理検査によって、上皮内がん、あるいは扁平上皮がんなどの結果であった場合は口腔がんとしての検索が必要となります。
白板症は喫煙率が高いことも関係します。禁煙すると消失することもあります。
これから私が直接携わった口腔がんの一部の症例をご紹介します。画像はショックを受ける方もいるかもしれませんが、皆さんに口腔がんの怖さについて少しでも知っていただきたいと思い、敢えてお見せします。
①舌がん症例
左の舌の後方に潰瘍型のがんが生じています。
頸部転移リンパ節の制御において最も確実性の高い頸部郭清術を行います。リンパ節はがんが進行していくのを守る所謂「堤防」の役目をしています。深部に進行していかないようできるだけ原発巣に近い所属転移リンパ節を取り除く目的で頸部郭清術を行います。頸部リンパ節には口腔がんが転移をする確率が高い領域があります。また転移をきたした口腔がんの頸部郭清は原発巣を含めてen block(一塊切除)に行われることから口腔外科における頸部郭清術には郭清範囲や手術の手順に独特なものがあります。初めに頸部郭清術を行い、その後原発巣の切除を行った後に再建手術という流れになります。口腔がんではがん細胞が最初にたどりつくリンパ節は顎下リンパ節です。例えば乳がんでは腋窩リンパ節です。がん細胞が最初に転移するリンパ節を「センチネルリンパ節」といいます。この症例では頸部郭清術を行い、リンパ節や周囲の組織を取り除いています。従来、頸部郭清術は浅頸筋膜と深頸筋膜浅葉や気管前葉に囲まれた領域の頸部リンパ節を含む組織を、頸動脈と迷走神経、横隔膜神経を除いて、内頸静脈、胸鎖乳突筋、副神経など全て切除する根治的頸部郭清術(radical neck dissection)が行われてきましたが、術後の機能障害が大きいため、より低侵襲の根治的頸部郭清術変法(modified radical neck dissection)が行われてきました。機能障害とは副神経を切除することで肩下垂、肩をすくめられない、動かすと痛みが生じてしまうなどのことです。さらに原発部位とレベル別のリンパ節転移頻度が検討されて、口腔がんではLevelⅠ~Ⅲの転移頻度が高いことが示されました。(Level1;オトガイ下リンパ節・顎下リンパ節、Level2;上内深頸リンパ節、Level3;中内深頸リンパ節、Level4;下内深頸リンパ節、Level5;鎖骨上窩リンパ節・外側内頸リンパ節・副神経リンパ節)そのため、治療的頸廓清術の一部や予防的頸部廓清術においては肩甲舌骨筋上頸部郭清術(supraomohyoid neck dissection)が行われるようになりました。口腔がんでは肩甲骨と舌骨を結ぶ筋肉より上方にあるレベルのリンパ節に転移しやすいためです。この症例では予防的頸部郭清として肩甲舌骨筋上頸部郭清術が行われました。
がんを含めた舌の一部を切除します。
切除して欠損した部分が大きい場合、術後機能障害が生じるため、身体の他の部分から移植します。これが再建手術です。この症例では腹直筋皮弁(お腹の皮膚)にて再建しています。皮弁とは「血流のある皮膚、皮膚組織や深部組織」であり、血管をつけたまま移植部位へ移動する「有茎皮弁」と血管を切り離してマイクロサージャリ―による吻合を要する「遊離皮弁」があります。この症例は遊離腹直筋皮弁による再建です。下腹壁動脈を栄養血管とする腹直筋皮弁は血管径が太く、皮弁への血流が豊富であること、比較的長い血管柄を作ることができること、さらに筋肉皮膚穿通枝を温存することで、筋体の量だけでなく、皮弁の皮下組織の量も比較的自由に調整できるというような特徴があるため頭頸部再建の再建材料として遊離組織移植によく使われます。乳がん摘出後の乳房再建などにも使用されます。再建手術時は大体、当時の栃木県立がんセンター形成外科医長 矢澤先生に担当していただいておりました。現在は慶應義塾大学医学部形成外科の講師を務められています。先生には色々とご指導いただき、大変勉強になりました。また、当時日本における頭頸部腫瘍、頸部廓清術の大家といわれた静岡市立清水病院耳鼻咽喉科の行木英生先生が定期的にいらっしゃっておりましたのでよく手術を見学させていただきました。 先生の頸部廓清術はまさに芸術といいますか、解剖学そのものでした。手術後飲みに連れて行って下さり、色々なお話を聞かせていただきたのもいい思い出です。
採取したお腹の皮膚の血管と切除された部分の血管を繋げて移植します。
再建終了時。手術後数週間は毎日、「フラップチェック」といって、皮弁が生着しているか確認します。移植部分に針を刺し、出血すれば移植は良好に経過していることになります。壊死した場合うまくいかなかったことと判断します。血管がうまく繋がっていなかったり、ガンが残っている場合生着しません。
②下顎歯肉がん症例
私が初診担当でした。初診の時点で歯肉がんが顎骨に浸潤していました。
浮遊歯といってがんが浸潤して、歯が浮いているような画像が特徴です。
CT所見
頸部郭清術を行い、がんが転移したリンパ節を取り除きます。
歯肉のがんといっても顎骨に浸潤しているため顎骨ごと切除します。
移植した骨をチタンプレートで固定します。
遊離前腕皮弁による再建。 前腕(腕のひじから手首までの部分)皮弁は薄くしなやかな皮弁であり、長い血管柄を有するため、頭頸部再建に多用されている皮弁の一つです。適応としては、おおむね半側までの舌口腔底欠損、頬粘膜、中咽頭欠損などです。
切除した部位に移植再建します。
③上顎がん症例
上顎にできるがんです。画像所見にて広範囲に浸潤しています。
はじめに頸部郭清術を行います。
次に顔面の皮膚を切開します。皮切はWeber‐Fergusonの切開を頬骨上へ延長し、さらに側鼻切開を眉毛内側端まで加え上顎骨を露出させます。
上顎骨を切除します。
術後しばらくの間は出血が続くので欠損部にはガーゼを充填し、病棟の処置室でガーゼの交換を行います。その後上顎が欠損した部位には顎補綴(がくほてつ)といって上顎を含む義歯を装着します。
④下顎骨中心性がん症例
下顎骨中心性がんはかなりまれな悪性腫瘍です。
初診時。すでに皮膚からがんが飛び出しています。
歯肉にも浸潤しています。
典型的ながんの所見です。
パノラマX線所見。がんにより広範囲に顎骨が溶けて歯が浮いているように見える「浮遊歯」の所見。
手術時。
顎骨を広範囲に切除します。
頸部郭清術を行い、がんが転移したリンパ節と周囲の組織を切除します。写真の太い血管は内頸静脈です。
腓骨(足)を用いた再建を行います。 術後下顎骨の連続性が失われると、下顎骨はグラグラになり、位置がずれてしまいます。血管柄付き腓骨皮弁は長い骨が得られる、しなやかな皮弁が得られる、複数の骨切りができる、などの利点から下顎骨再建に最も行われる術式です。
頸部に移動した骨を下顎再建プレートにて残存した下顎骨に固定し終わった所見。
術後パノラマX線所見。
このような頸部郭清術、再建手術を行った場合、術後必ずICU(集中治療室)に入ります。頸部郭清術を行った場合、術後呼吸困難(息をする道が腫れてしまい、一時的とはいえ呼吸ができなくなることがあります)になりやすくなるため気管切開術を行い、気管カニューレを挿入します。
数日後落ち着いたら通常の病室に移ります。
気管切開術は前頸部の皮膚を切開して皮下組織や筋肉を剥離し、気管を露出させます。気管を逆U字型に切開し、その部分からカニューレを挿入してカフで固定します。その後、カニューレを皮膚と縫合することで固定し、皮膚も一部縫合した開口部をガーゼで覆います。
大きな手術の場合、術中大量出血を生じることがあるため、術前に自己血を貯血し、輸血を行うこともあります。
また、口腔外科の手術は口の手術ですので、多くの症例で術後は経鼻経腸栄養となります。患者さんの鼻孔から栄養チューブを挿入し、食道を通って栄養チューブ先端を胃に留置し栄養剤を投与することです。大体、全身麻酔の手術後、まだ患者さんの意識が薄いときに挿入するのですが、その後病室などで抜けてしまうことがあり、通常の意識下で再度挿入すると患者さんはとても辛がります。当直などで夜中に抜けて病室にいって挿入し直しにいくこともよくありました。辛くで自分で抜いてしまった方もいましたね。もちろん、このような大きな手術の後は、しばらくは点滴で栄養の管理を行います。
また、全身麻酔の際、通常の手術は経口挿管(麻酔のカニューレを口から入れる)ですが、口腔外科では口の手術ですので、ほとんどの場合、経鼻挿管(麻酔のカニューレを鼻から入れる)となるのも特徴です。経鼻挿管は難しいんですよね。
⑤頬粘膜がん症例
頬の粘膜に生じるがんです。
切除範囲を最小限に留めるため、術前化学療法(NAC;neoadjuvant chemotherapyネオアジュバントケモテラピー)を行います。
終了時所見。抗がん剤の効果でがんが縮小しています。
手術時。
がんを切除。
⑥舌がん症例
初診時所見
切除範囲を最小限に留めるため、術前化学療法(NAC;neoadjuvant chemotherapyネオアジュバントケモテラピー)を行います。
1クール目終了時
2クール目終了時。抗がん剤の効果でがんが縮小しています。 口腔がんで主に投与される抗がん剤として、アクプラ、タキソテール、5-FU注、ランダ注、ブレオ注、マイトマイシンなどが挙げられます。ただし抗がん剤の副作用として、骨髄抑制(血液を作り出す骨髄の機能が障害を受けると、白血球や赤血球、血小板などが減少すること。化学療法の1~2週間後に影響が強く出ます。)により血液細胞が減少したり、髪の毛や爪が伸びなくなったり、感染しやすくなったり、食欲の低下、貧血、吐き気、口内炎、脱毛などの症状が現れたりします。これらに対する治療も行います。とくに骨髄抑制により白血球が大幅に減少すると容易に感染しやすくなりますので、生ものなどの摂食も禁止となります、場合により白血球を増やす薬を投与します。患者さんが副作用によって病床でぐったりして「先生・・・食欲がない。だるい・・・」といわれたときはとても心苦しい時です。術後に微小転移を防ぐ目的で内服の抗がん剤をしばらく服用してもらう場合もあります。
手術前。
その後手術で切除します。
切除標本。病理検査に出します。
いくつか症例を提示しましたが、口腔がんは近年増加傾向にあるがんです。最近は若年者の口腔がんも増えてきているといわれています。
飲酒や、合わない入れ歯や被せ物などによる慢性的な刺激など種々のリスクファクターが挙げられていますが、中でも喫煙は他のがん同様最大のリスクファクターといえます。喫煙者の口腔がん発生率は非喫煙者に比べ約7倍も高く、死亡率は約4倍も高いという報告があります。
昨年、歯科医師会より「世田谷区の禁煙支援・健康教育専門部会」の委員に選出していただいたため、このようなお話もさせていただきました。
これから日本ではますます禁煙に対する活動が盛んになることと思われますが、他国に比べてインパクトのある情報が乏しいのが現状です。
海外のたばこのパッケージです。これくらいインパクトがあれば少しはがんに対する怖さが伝わるのかも知れません。
また、私が所属しております東京都玉川歯科医師会では全国に先駆けて「口腔がん検診」を実施しております。対象年齢は世田谷区民で該当年度で61歳、66歳、71歳となり、患者さんのご負担は700円です。
口腔がんは早期発見・早期治療が重要です。ご心配な方はお気軽にご相談下さい。
今回ご紹介した症例は、ごく一部に過ぎず、2年間ほぼ毎週のように頸部郭清術、再建手術を併用した口腔がんの拡大手術を経験しました。
長いときは20時間におよぶ手術などもありましたね。手術後も、それで終わりではなく、切除したリンパ節の標本を作製したり、ICUで明け方まで呼吸管理や疼痛管理などの術後管理をしたりとほぼ不眠の日々でした。自宅に帰れないのでよく手術場のお風呂を使っていました。
勤務医時代においては心身ともに最も過酷な2年でした。そんな大変な毎日を乗り越えられたのも一緒になって支えて下さった方々がいたからです。病院長を始め、各科の先生方、病棟、外来、手術室、ICUの看護士さん達、放射線技師、臨床検査技師、事務や受付の方々、とくに抗がん剤のレジュメでは薬剤師の方々・・本当に皆様には色々とお世話になりました。
ちょうど私と入れ替わりに病棟に配属された新人ナース。初々しい。あれから13年・・今ではベテランナースになっているんだろうな。
どんなに大変な時でも常に笑顔で明るかった色白でかわいい斎藤さん。病棟に行くたびに笑わせてもらってました。
いつも可愛いかった松山さん。マツとは仕事の後よく一緒に飲みにいったなー。元気かな?
超絶美人の副看護師長ヒサエさん。たまに食堂でご一緒する機会がありましたが、この美貌を前にすると「カツカレー」の存在すら忘れさせられたものでした。
2年間お世話になった東5階病棟(眼科・耳鼻咽喉科・口腔外科)の看護師さん達との思い出の写真。左上は慶應耳鼻咽喉科の渡部医師。外来、病棟、手術室、ICUなど病院中の看護師さん達から「プリンス」のあだ名を付けていただいたのは懐かしい思い出です。あれから早13年。今では髪も大分薄くなってきました^^;今度は「キング」と呼んでいただけるように日々頑張りたいと思います!
皆様お元気でお過ごしのことと思います。皆様の健康とご活躍を心からお祈りいたします。いつの日かまたお会いしたいです。