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2019.02.25 : 下関ふぐ旅行

院長の髙木です。
2月が旬の魚というと・・・あんこう、金目鯛、鰆、タラ、平目、ブリなんかが思いつきますが、なんといっても冬の味覚の王様といえば、
ふぐ(河豚)。
そしてふぐといえば下関。
そんなことで2月23日・24日と歯科医師会の先生方と山口県下関市に行ってまいりました。
今回の旅の目的はただひとつ「本場のふぐ」を「一番美味しい時期に食べる」ことです。
羽田から福岡まで飛行機に乗り、門司港から車で下関に。

関門海峡に到着。

関門トンネル人道入口。

全長3461.4m、昭和33年3月9日に開通。しばらく歩きます。

県境地点です。

源平合戦の最後の舞台となった壇ノ浦に面し、国道9号と関門海峡に挟まれた場所にある「みもすそ川公園」に到着。

公園前に広がる海は関門海峡の一番狭まったところで「早鞆の瀬戸」といわれ、潮の流れが速く、潮流の変化が激しい海の難所だそうです。


ふぐは2日目に食べる予定で、初日の夕食は「あじひろ」さん。

お造りから。「いか」はさすが下関だけあって美味しかったですね。

くじらの町でもある下関市。「ふぐ」「うに」「くじら」「あんこう」「いか」が水産物5大ブランド。

はまぐりのお吸い物。美味しい・・。

牡蠣に鰻に白子。すべて昆布蒸しされているそう。

高級魚「のどぐろ」の煮付け。山口ではムツと呼ぶそうです。

お肉も美味しかったです。



山口県といえば「獺祭」が有名ですが、こちら「東洋美人」も今や入手困難なお酒。まさにアジアンビューティー。「直汲み生」に久しぶりに絶賛しました。

鳥取県の日本酒「こなき純米」。辛口ですね。

初めて飲んだ「貴」。酒造は山口県宇部市。全国的に注目されている日本酒ですね。

初日から大満足でした。鮮度も味も文句なしの星3つです。下関に行かれる機会がありましたら是非おすすめしたいお店です。メニューはないそうです。
あじひろ
山口県下関市田中町3-11
TEL083-222-7373

2日目。
昼食のふぐに備えて朝食はホテルで軽くすませた後、少しブラブラ。

床屋発祥の地碑。
鎌倉時代の中期、亀山天皇に仕えていた京都御所の北面の武士「従五位ノ下北小路蔵人頭・藤原基晴」は、宝刀紛失の責任をとってその職を辞し、三男「采女之亮政之」を連れて宝刀探索のため、当蒙古襲来で風雲急を告げていた長門国下関に下った。采女之亮は、新羅人の髪結職からその技術を学び、我が国初の結髪所を開き往来の武士や金持ちを客として生計を立て、宝刀の探索を継続していた。その髪結所の奥には、亀山天皇と藤原家祖先を祀る立派な床の間(とこの祭壇)があり、いつとはなしに「床の間のある店」と呼ばれ、転じて「床場」、さらに「床屋」という屋号で呼ばれるようになり、下関から全国へ「床屋」が広まったそうです。
恥ずかしながら知りませんでした。

こちらは赤間神社。
源平壇之浦の合戦に敗れ、わずか8歳で関門海峡に入水した安徳天皇を祀る。鮮やかな竜宮造りの水天門は「海の中にも都がある」という二位の尼の願いを映したものともいわれるそうでうす。

境内にある小泉八雲の怪談で有名な「耳なし芳一」の芳一堂。この左に平家一門のお墓があります。


さて今回の旅のメインイベントへ。「ふぐ処 さかい」。
ふぐを知り尽くす創業80余年の老舗ふぐ問屋が営むふぐ専門店。

「ふぐ刺し」きました~!3日前にとれたという天然の「とらふぐ」。その日にとれたから美味しいというものではなく、ふぐを〆てから布を被せて2日~2日半ねかせることで肉が熟成されるそうです。これぞ至高のグルメですね。
九条ネギを改良したというオリジナルの「ネギ」に「もみじおろし」、ナツダイダイを絞ってつくられる自家製の「ふぐポン酢」でいただきました。
絵皿に盛られるのはふぐ刺しの透けるような薄さを強調するという意図と、ふぐ刺しの豪華さを際立たせるという二つの要素があるそうです。
これはもう一種の芸術品ですね。
言葉にできない美味しさ。永遠に食べていたい・・・
湯引きも最高に美味しかったですね。


続いてはとらふぐの「白子」。
濃厚な味わいと希少性の高さゆえ「海の宝石」とも呼ばれるほど。他の白子と比べても特にクリーミーな味わい。とらふぐの産卵期にあたる1~3月頃は、とらふぐの旬とも重なるため、冬のふぐ料理の中でもとらふぐの白子は目玉料理の一つとして親しまれているんですね。正に今が旬!

この大きさですよ。

ヒレ酒登場~!


こんなに美味しいヒレ酒に出会ったのは初めてです。

今や下関を代表する民芸品のひとつとなった「ふぐ提灯」はこちらで考案されたそうです。女将が色々説明して下さいました。

「ふぐ食解禁130周年」に下関のPRのために起用された鈴木福くん。
下関市では、ふぐのことを「福」にかけて「フク」と呼ぶことがあるんだそう。
ちなみに日本ではふぐは縄文時代から食べられていましたが、豊臣秀吉の治世に、ふぐ毒による中毒死が続出したため「河豚食禁止令」が出されたといわれています。解禁されたのは初代内閣総理大臣・伊藤博文公が下関に訪問したのがきっかくで、宿泊所であった春帆楼が、魚が取れず打ち首覚悟で禁制だったふぐを御膳に出したそうです。出されたふぐを食べた伊藤博文公は、感嘆し、明治21年(1888年)に山口県令(知事)に働きかけてふぐ食が解禁されたそうです。
ふぐ毒の主成分であるテトロドトキシンは300℃以上に加熱しても分解されないんだそうですね。処理はとても厳しく、鍵をかけて管理され、焼却処分するんだそうです。

唐揚げきました~!ジューシー!
骨の周りに一番旨味が詰まってるんですね。

そして「ふぐちり」。まずは白子のクリーミーな味わいを楽しんでから、カマなどを入れていきます。

これは「灰汁」ではないんだそうです。「白子」そのものが滲み出ているんだとか。最高~!
ヒレの代わりに白子をお酒に良く混ぜて飲んだ「白子酒」は最高でした~!


雑炊も最高のお味でした。毎年いきたい~。
これは一生に一度は行く価値ありですよ!

ふぐ処 さかい
山口県下関市中之町7-11
TEL083-231-1470
完全予約制
ランチ11:00~14:00
ディナー17:00~21:00



今回はふぐ目的の旅でしたが維新発祥の地「下関」はとてもいいところですね。また訪れたいと思います。
「最後の晩餐は何を食べますか?」
「下関でとらふぐコースです。」


2019.01.22 : 年明け早々からインプラント手術

院長の髙木です。
新年早々からインプラント手術を行いました。
この日は朝一から下口唇粘液嚢胞摘出、親知らずの抜歯、インプラント手術と1日中オペしていました。

正直に言うと手術よりもその準備の方が大変です。
当院では現在まで多くのインプラント治療を行っておりますが、どんなに簡単だと思われる手術でも、常にありとあらゆるリスクを考慮して慎重に診断、治療を行っているため、幸い一度もトラブルが生じたことはありません。ただし、インプラントに限らず、手術に完璧はありません。インプラントの成功率は上あごで94~95%、下あごで97~98%といわれています。しかし、それは海外の経験豊富な先生のデーターです。そんな先生でもこの数字なのです。
当院でインプラント治療を受けられる方は大体骨の量が足りないため、そのままではインプラントが埋入できない、いわゆる難症例がほとんどです。昨年から上顎洞底拳上術を併用した手術が連続していました。



ソケットリフトを併用したケース。

左上ブリッジの奥の支台の歯が重度の虫歯で抜歯になりました。


ソケットリフトを併用したケース。

取り外しの入れ歯に抵抗があり、20年ほど上顎の両側の奥歯が喪失したままでした。そのため前歯の突き上げが生じていました。
ほとんど骨が無くなっていました。


サイナスリフトを併用したケース。

今回は久しぶりに併用手術が必要ないシンプルな埋入手術でした。

ブリッジの支台となっていた歯がダメになり、抜歯後に部分入れ歯を装着しましたが、違和感に我慢できず、インプラント治療となりました。シンプルな手術といっても、色々と術前にシュミレーションしておきます。この場合後方の部位は歯がない期間が長かったため、「骨が硬い」ことが想定され、タップ切りが重要になります。最終径のインプラント形成窩はインプラント体と血液をからめるため、洗浄しないという先生もいますが、骨屑が残留していると窩洞を狭くし、周囲が硬い骨質であることと相俟って、インプラント体が埋入途中で停止し動きがとれなくなる原因になることがあります。もし、規定のドリリング操作が確実であれば、50Ncm程度を上限としたトルクでのエンジン埋入が可能ですが、骨の抵抗が大きく埋入しきれない場合は、手用レンチでさらにトルクをかけて埋入することもあります。それでも骨の抵抗が大きな場合は、インプラント体が埋入途中で完全に動じなくなる前に、インプラント体を逆回転させて一時撤去し、タップを切ってから再度埋入します。
硬い骨質を想定していたため、その対応によってフレンジトップがしっかりと歯槽堤の形態に合致しました。
アストラテックインプラントオッセオスピードTX5.0mmを2本埋入。
このインプラントシステムは1985年から開発に取り組み、現在その研究開発と長期安定性は世界中で高い評価を得ています。
フィクスチャーとアバットメントの連結の時、円錐状にデザインされたアバットメントの下底部がフィクスチャー内部で連結することで咬合力が理想的に分散され連結部の強度が高くなります。フィクスチャーの上部には微小なネジ加工を施し、骨にかかる力を分散、骨縁部の組織再生を促すといった特徴があり、当院ではよく使用するインプラントシステムです。

歯が抜けたあとに、サメのようにもう一度自分の歯が生えてきたら・・一番いいんですけどね。


2019.01.18 : 玉川歯科医師会新年会

院長の髙木です。新年会シーズンですね。
去る1月17日、「二子玉川エクセルホテル東急」30F宴会場「たまがわ」にて公益社団法人 東京都玉川歯科医師会の新年会が行われました。

会長挨拶
当会は昭和26年(1951年)に世田谷区歯科医師会より分離独立し、昭和36年(1987年)に社団法人に認可され、平成13年(2001年)に創立50週年を迎えております。

会員の先生方を始め、世田谷区歯科医師会、玉川医師会、玉川砧薬剤師会、荏原病院、東京医療センター、都立広尾病院、昭和大学歯科病院、世田谷区議会議員、国立成育医療センターの先生方など多くの来賓の方々にもご出席いただき、大変すばらしい会となりました。

世田谷区議会議員の先生方の挨拶

古希を迎えられた先生方のお祝いも行われました。

会誌の表紙写真コンテスト表彰式。

景品が当たる抽選会は盛り上がります。

独立行政法人国立病院機構東京医療センター歯科口腔外科医長 大鶴先生と


来年も楽しみです。


2019.01.06 : 口腔外科の思い出

院長の髙木です。
今回は開業する前に口腔外科に長く勤務していた時のことについてお話ししたいと思います。
大学歯学部に進学して6年間の教育を受け、国家試験に合格後、進路を決めなくてはなりません。

{5・6年生で行われる臨床実習 2000年頃の学生時代の写真}
現在ではさらに1年以上の臨床研修が必須となりますが、私の時代にはまだ義務はありませんでした。
大学病院の専門の科に入局する、研究のために大学院に進む、開業医に就職するなど色々な選択肢があります。
大学病院には、口腔診断科、小児歯科、矯正歯科、歯周病科、放射線科、歯科麻酔科、補綴科、保存修復科、歯内療法科、口腔外科、インプラント科などの専門科があります。また、解剖学、生理学、生化学、病理学、薬理学、細菌学、衛生学、歯科理工学、歯科法医学などの基礎系に進むという選択肢もあります。
私はこの中でもとくに専門性の高い口腔外科の道を選択しました。5年生から始まる臨床実習(ポリクリ)で、口腔外科をローテーションしている際、たまたま当たった症例で、口腔外科の先生が患者さんの舌から毛を抜いていました。舌がんの手術後に他の皮膚から採取した皮弁を使った再建を行い、生着後に毛を抜いていたのです。衝撃を受けましたね。これが口腔外科に興味をもった大きなきっかけの一つです。

{明海大学歯学部}
口腔外科(oral surgery)は虫歯や歯周病の治療を除く、顎口腔領域の外科処置を中心として、その治療全般を扱う診療科で、外科の一分野であると同時に歯科の一分野でもあります。文字の上からは口の中のみを対象とする外科ととられがちですが、実際には口の中に限らず、口腔機能に関与する部分がすべて対象となりますので、上下顎、顎関節、顔面、頸部などの外科的治療も含まれます。口腔顎顔面外科(oral and maxillofacial surgery)の名称で診療を行っている医療機関もあります。すなわち、抜歯をはじめ、歯性上顎洞炎や顎骨骨髄炎などの炎症性疾患、良性腫瘍、舌がんなどの悪性腫瘍、顎骨内や軟組織に発生する嚢胞性疾患、唾液腺疾患、顎骨骨折などの顎顔面外傷、唇顎口蓋裂などの先天異常、顎変形症などの骨格性の不正咬合、三叉神経痛などの口腔顎顔面領域の神経性疾患、顎関節脱臼などの顎関節疾患、口腔粘膜疾患など受け持つ範囲は広い診療科です。日本では口腔外科に従事する医者はその殆どが歯科医師であり医師は少ないのが特徴です。これは咬合などの顎口腔機能が歯科と密接に関わっているからです。フランス・ドイツ、英国、スイス、オーストリアにおいては医師および歯科医師のダブルライセンスが必要となり、米国でも両ディグリーを取得する流れとなりつつありますが、日本においては歯科医師または医師のシングルライセンスで行うことができます。
口腔外科に進む場合、歯学部の口腔外科に入局するか、医学部の口腔外科に入局するかという2つの選択肢があります。歯学部の口腔外科に進んだ場合、周りは皆歯科医師ですので口腔外科の診療しか行いません。対して医学部の口腔外科に進んだ場合、周りは皆医師ですので、口腔外科以外の一般的な歯科治療も行います。 まれに医学部口腔外科で一般歯科はまったく行わない機関もあります。
進路を考えている際、母校である明海大学歯学部第1口腔外科の講師の先生からお誘いを受けたりもしたのですが、当時はどうしても都心部に勤めたい気持ちが強かったため、慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科、東京医科歯科大学歯学部顎顔面外科(第一口腔外科)、当時日本では舌がんに対するイリジウム針による組織内照射(放射線による密封小線源治療)の先駆けであった現東京医療センター口腔外科、町田市民病院口腔外科など色々と見学させていただきました。いずれの医療機関も口腔外科としては一流でした。結果として慶應義塾大学医学部歯科・口腔外科学教室に入局しました。

{慶應義塾大学病院}

慶應はまず2年間の研修医過程が義務付けられます。歯科と口腔外科をローテンションし、そのうち6ヶ月間は麻酔科研修を受けます。
外科系研修医は全員麻酔科をローテーションするため、他科の仲間も多くできました。
加えて1年目から当直もあります。

都心部では救急体制がある口腔外科は慶應、東京女子医大しかありませんでした。東京女子医大は3次救急のみ。ですので当時慶應の研修医は全国で最も過酷だと聞いていました。一晩に2人の下顎骨骨折を受け入れ、一人で朝まで顎間固定をしたときもありました。
麻酔科研修中は一切外来に関わることなく、一日中手術室で全身麻酔のトレーニングを受けます。

口腔外科の手術は勿論、他科の麻酔も経験できました。6ヶ月間一日中手術室にいると少し病みます(笑)
2年間の研修を終えると、4年間の専修医(レジデント)過程があり、歯科を専門にするか、口腔外科を専門にするかを決めなくてはなりません。私の場合はもともと口腔外科を専門にしたいという強い思いがありましたので、迷わず口腔外科を専門に決めました。長時間の手術や当直、全身を広く学ばなくてはいけないため、長く従事する人は少ない科です。当時は開業することなどまったく考えておらず、一日中口腔外科の勉強をしていました。3年目は専修医になり1年間慶應で口腔外科の診療に専念しました。その後慶應では関連病院への出向が義務付けられており、一時は大学院への進学も考えましたが、口腔外科臨床を深く学びたい思いから、当時関連病院では最も過酷とされる国立病院機構栃木病院口腔外科(現 国立病院機構栃木医療センター口腔外科)への出向を決意しました。

{現在の栃木医療センター}

当院は関連病院の口腔外科の中でも最も口腔癌治療に力を入れていた医療機関でした。都内には医学部・歯学部の附属病院や市中病院の口腔外科は数多く存在するため、それに付随して症例も限られてしまいますが、栃木県には大病院の口腔外科というと栃木病院の他、自治医科大学、独協医科大学、足利赤十字病院しかないため、県中のありとあらゆる口腔外科疾患を経験することができました。また、農家仕事の方も多かったので収穫の忙しい時期にがんを放置し、かなり進行してから受診する方などもおり地域医療についても深く学べました。早期がんは症状がない場合が多く、医療機関への受診が遅れ、がんそのものの診断が遅れることが多いのです。舌がんなどの頻度が高い扁平上皮がんはもちろん、粘表皮がん、腺様嚢胞がん、腺房細胞がん、多型腺がんなどの唾液腺の悪性腫瘍も多かったですし、唇顎口蓋裂においては当時東京歯科大学第2口腔外科の内山健二教授が定期的にいらっしゃっていましたので、よくオペをご一緒させていただきました。
唇裂の手術です。

生まれながらにして唇が割れている状態。口唇口蓋裂をもって生まれてくる赤ちゃんの出生頻度は日本では約500人に1人程度。ご両親やご家族のショックは大変大きなものだと思います。基本的な治療は手術でそれを縫い合わせることです。全身麻酔が安全にかけられる生後3か月程度、体重5㎏を目安に手術を行います。唇顎口蓋裂のお子様のうち約15~20%が他の病気を合併しています。具体的には手足の病気、心臓の異常、頭蓋の異常、耳介の異常などが挙げられます。





「Millard法+小三角弁法」と呼ばれる口唇形成術。



手術終了時所見。
多くの手術を経験しましたが、耳下腺腫瘍の手術は思い出に残っている手術の一つです。

唾液腺腫瘍は唾液腺に生じる腫瘍ですが、この症例は「ワルチン腫瘍(腺リンパ腫)」という大唾液腺、とくに耳下腺に好発する良性腫瘍です。圧倒的に喫煙者に多く見られます。





耳介下端から首の横しわに沿って皮膚をS字状に切開し、顔面神経を確認、温存しながら腫瘍と周りの腺組織をわずかに付けて切除します。耳下腺内には顔の筋肉を動かす顔面神経があるため、耳下腺腫瘍の手術においては、顔面神経に麻痺をきたさないような取扱いが必要になるため、良性腫瘍の手術といっても慎重な手術操作が要求されます。



顎骨に生じた嚢胞。口腔外科ではかなり頻度が高い病気です。あごの骨の内部に嚢胞と呼ばれるふくろ状の構造を形成する病気です。初期の段階では無症状で経過することもあり、歯科医院などで撮影されたレントゲン写真がきっかけとなって見つかることもあります。治療は外科的な摘出です。





この手術では残存骨が少ないため、術後顎骨骨折を防ぐため、プレートで固定しました。


「エナメル上皮腫」。顎骨に発生する代表的な良性の歯原性腫瘍で、口腔外科ではよくこの病気の手術を行います。
10~20歳代で発見されることがほとんどで、無症状で経過するために顎骨に腫れ、顔面の変形、永久歯が生えてこない、歯が移動するなどの症状で受診することが多く、比較的病気が大きくなってから発見されます。
良性でありながら、術後再発を繰り返し、周囲軟組織まで進展する病態もあります。まれではありますが、悪性の経過をとることもあります。
顎骨切除療法の場合、顎の骨を大きく切り取らなければならず、全身麻酔科での侵襲の大きな手術になります。








顎骨部分切除を行いましたが、残存骨が少ない場合は顎骨骨折を防ぐため、プレートによる固定を行います。


抜歯も行います。エナメル上皮腫では歯がスパイク状に吸収されるのが特徴です。
エナメル上皮腫の手術は本当に多かったですね。

出向して卒後4年目にして歯性上顎洞炎の「上顎洞根本手術」の執刀から始まり、その後多くの手術を経験させてもらいました。



罹患した上顎洞粘膜を剥離・切除し、中鼻道、下鼻道への交通路(対孔)形成する手術。
現在ではほとんど行われなくなった手術ですが、この手術はインプラントの併用手術として行われる上顎洞底拳上術に今でもとても役に立っています。

{私が勤務していた頃の栃木病院}
1908年に創設された栃木県宇都宮市にある病院で慶應の関連病院の一つです。初診患者さんの約半数が紹介患者さんで、県北・県央の口腔外科に関する基幹病院です。口腔癌治療を中心に、顎変形症、嚢胞性疾患、唇顎口蓋裂、炎症性疾患、外傷などありとあらゆる口腔外科的疾患を経験しました。県を代表する国立の総合病院にして、口腔外科が一つの売りだったほど手術件数、入院件数が多かったです。勤務してすぐに決まった曜日の初診担当医となり、次から次へと紹介されてくる患者さんを診察し、CT検査やMRI検査なども一人で判断した後にオーダーし、手術日などを決めていきます。このときはCTやMRIの読影を徹底的に勉強した時期でした。とにかく口腔癌の患者さんが多く、初診の段階ですでに頸部リンパ節に転移している方なども結構おりました。休日もほとんど病院にいて、抗がん剤のオーダーをしたり、患者さんの包交を行ったりしていました。当直当番の時は多い時で一人で20人以上の入院患者さんの処置を行い、気が付いたら一日が終わることもありました。たまの休日でもオンコールで常に病棟から呼ばれます。末期がんで癌性疼痛に対するモルヒネが切れて激しい疼痛で呼ばれたり、気管カニューレが外れかかったり、夜中にモルヒネの副作用による幻覚で病棟中を徘徊する患者さんがいたり、末期がんの方が急変して呼ばれたりなど。明け方に亡くなられた女性のご遺体の口から飛び出したがんをきれいに取り除き、元のお顔に戻るように縫合処置をしたこともありました。また、歯科医師ではあまり経験できない死亡診断書を書いたりなどもしましたね。この頃は週末にマクドナルドなんかで楽しそうに過ごしている家族やカップルを見て羨ましく思っていましたね(笑)
一度オンコールで呼ばれ、急いで車で病院に向かった際、側道にはまってしまい、近隣の方がJAFを呼んで下さり、何とか間に合ったことは今でも忘れられない思い出です。新生児病棟とは真逆で、口腔外科ではなくなられるケースが多いので、生死について深く考えさせられた時期でもありました。歯科医師としては珍しく多くの死に立ち会ってきたことを今改めて実感しています。
気管切開などもここで初めて経験しました。気管切開というのは、本来の気道口である口もしくは鼻孔とは別に、新たに前頸部に気道口をを設ける手術のことです。術野が気道の一部である口腔外科手術では、術後の気道閉塞予防のために期間切開や気管カニューレを留置など人工気道確保が行われます。とにかくプライベートなど皆無の2年間を過ごしました。

本題に入る前に私が多くの口腔外科臨床を経験した中で、強く心に残っている症例の一つを公開します。

栃木病院口腔外科に出向し、初診医となった初めのころの症例です。
50歳代、男性。近医歯科医からの紹介で診断名は「急性壊死性潰瘍性歯肉炎」いわゆるANUG。体力の落ちた方や、ストレス下にある方が、歯肉の壊死と潰瘍形成を特徴とする歯肉炎で、痛みや出血、悪臭などを伴い、発熱、頸部リンパ節の腫れ、倦怠感などの全身症状を伴うこともあるという疾患。
確かにこれらに該当するところはありました。しかし、すこし疲れていて、寝不足で・・といった感じではなく、やっと椅子に座っている感じで、下を向いてぐったりされていました。どうみても疲労感が普通ではないのです。個人歯科医院と違い、口腔外科ではこれでは情報が足りなさすぎます。
早速採血を行います。白血球数は通常男女ともに1ミリ立方メートルの中に4000~9000個ですが、この症例では10万個以上を超えていました。
すぐさま、当時血液内科では全国でもトップクラスの済生会宇都宮病院の血液内科に紹介しました。



診断は「急性リンパ性白血病」。
結局この10日後にお亡くなりになったと連絡をいただきました。
歯科医師が歯肉の腫脹や出血で第一発見者になることが多いといわれています。歯肉の腫脹が通常の歯周病やANUGと違い、唇側、舌側と異常な腫脹をきたします。この症例から今でも白血病を疑う姿勢を忘れていません。
口腔外科の重要性を心から実感したのはこの時かも知れません。

大病院の口腔外科ではさまざま疾患を扱いますが、中でもやはり「口腔がん」が最もメインの疾患となります。
2005年における口腔がんの罹患数は約6900人で全頭頸部がんの約40%を、また全がんの約1%を占めると推定されています。
年間約6000人が罹り、約3000人もの方が死亡しています。
その名のとおり「お口の中にできるがん」のことで、多くは舌、口底(舌の下側)、歯肉(歯ぐき)にできます。
早期口腔がんの5年生存率は90%と良好ですが、進行口腔がんの死亡率は約50%と低く、治療しても重い機能障害が残ることがあります。
一般の方は、口の中にがんができることはご存じでも、命に関わる病気だという認識はまだまだ低いのが現状です。
口腔がんにおいても、他のがん同様にがん細胞が血管やリンパ管を通してさまざまな臓器に移動するだけでなく、増大しながら隣接する臓器の膜を突き破って転移します。とくに口腔がんでは「がん性胸膜炎」でお亡くなりになるケースが多いです。肺と胸腔内を覆う薄い膜のことを胸膜と呼び、この胸腔内に何らかの炎症が起こると、胸痛や呼吸困難などの症状が現れます。がん性胸膜炎とは、がんが胸腔内に播種したことで胸膜炎が起きた状態のことです。予後は不良で、半年以内に亡くなることが多いです。がん細胞が胸膜を突き破って胸腔内に漏れ出し、胸膜に転移した状態で、肺がんや乳がんなども胸膜に転移しやすいがんです。
また、口腔がんにおいても進行例の80%が、「がん性悪液質(カヘキシア)」にかかります。悪性腫瘍ではよく発生します。悪性腫瘍の末期における、炭水化物やタンパク質の代謝変化などを原因とする悪液質を「がん性悪液質」と呼びます。身体の衰弱・消耗、がんの急速な増大・転移につながり、食欲不振による体重減少が生じます。
口腔がんは進行すると命に関わるガンです!
最近では、「頭頸部外科」といって、脳を除く、頭部と頸部、顔面に発生した良性、悪性腫瘍を専門的に取扱う診療科ができ、対象となる部位と臓器は上・中・下の咽頭、副鼻腔間隙、口腔、舌、歯肉、喉頭、鼻、副鼻腔、耳下腺、顎下腺等の唾液腺、甲状腺、聴器、側頭骨、頸部食道などで、これらを頭頸部外科医、頭蓋底外科医、形成外科医、耳鼻咽喉科医、消化器外科医、口腔外科医などが集学的に共同作業で治療する傾向になってきています。単独の科で治療する時代ではなくなってきているということです。
私は口腔がん治療には深く関わりましたので、今回は口腔がんについてご説明します。
そもそも口腔がんには舌がん、口腔底がん、歯肉がん、頬粘膜がん、口蓋がん、上顎がん、下顎骨がんなどがあります。
一般的には初期の口腔がんは痛みや出血などはなく、硬いしこりが触れるのみの場合が多いです。
なかなか治らない口内炎の場合も注意が必要です。
進行がんではしこりが外側に大きくなる傾向のものもあれば深部に浸潤していくものもあり、特に後者の場合は意外に進行しているものが多く、潰瘍を形成して痛みや出血を伴うことがあります。さらに増大すると言葉が喋り辛くなったり、食事が取り辛くなったり、またがんが頸部リンパ節に転移し、顎の下や首のリンパ節の腫脹をきたすことがあります。こうなると生命予後に大きく関わってきます。私も残念ながら口腔がんで命を落とされた方々をさんざん経験しました。今でもとても辛い思い出です。慶應で長年担当させていただいていた結婚したばかりの20代の女性で「顎骨骨肉腫」という予後不良な難治性のがんを患われた方を毎日病室で処置していたことは今も忘れられません。 脳神経外科と合同で、開頭手術、下顎骨離断という大手術を行い、術後はMTX大量療法を施行し、ひどい副作用の毎日でした。休日も毎週早朝から病室に向かう日々が続きました。体調が少しよくなったときは、よく色々な話をしました。旦那さんが毎日、どんなに忙しいときでも仕事後にバイクでお見舞いにきていました。病室で日々の思いを綴って書かかれた手紙をよく頂戴し、今でも大切にとってあります。この時に口腔がんから一人でも多くの命を救いたいと心から思いました。

検査はCT検査やMRI検査、超音波検査、シンチグラフィー、生検、採血などを行います。
口腔がんの治療法は局所的には病期により決定されます。それにがんの部位、組織型、年齢、既往歴、合併症、臓器の機能や一般的な健康状態に基ついて慎重に治療方法を選択します。口腔がんの治療法は外科療法が中心となり、放射線療法、抗がん剤による化学療法、痛みや苦痛に対する症状の緩和を目的とした緩和療法があります。
手術においては
(局所切除術)
がん全体と周囲の正常組織の一部を切除する手術法。がんが骨まで浸潤している場合には、そうした骨組織の切除も行われることがあります。
(頸部郭清術)
頸部リンパ節と頸部のその他の組織を切除する手術法。最近では術後の後遺症を低減させるため、これらの組織を可能な限り温存する外科療法が工夫されるようになっています。
(再建手術)
身体の一部の再建を行う手術。口腔や咽頭、頸部などを修復するために組織移植などを行うことがあります。口腔内の欠損に対しては、通常患者さんのお体の別の部分(腕の皮膚-前腕皮弁やお腹の皮膚-腹直筋皮弁、足の皮膚-前外側大腿皮弁など)を使って再建します。この際、術後の機能低下をできるだけ防ぐためにさまざまな再建外科の技術が駆使されます。
(放射線療法)
一般的に口腔がんに対しては放射線療法単独で治療されることは少なく、術後治療など手術の補助療法として、放射線外部照射療法が行われます。口腔がんに対して、内照射療法(密封小線源治療)を行う施設もあります。
(化学療法)
一般に口腔がんに化学療法を行う場合、遠隔転移に対して全身化学療法が実施されます。口腔がんに対して病変を栄養する動脈内に直接薬剤を注入する化学療法を行っている施設もあります。薬剤はその領域にあるがん細胞に集中的に作用することを期待されます(局所化学療法)。

「前癌病変」のひとつ「白板症」。口の粘膜が白色に変化する病気を指します。白板症は前癌病変(悪性化する可能性がある病気)と呼ばれ、がんが生じる前の対応として外科的に切除することがあります。確定診断のため病理組織検査を行います。病理検査とは病変から組織を一部採取して顕微鏡で観察する検査です。組織学的には異形成と呼ばれる変化をおこしている場合は、正常組織とは異なります。異形成は軽度、中等度、高度の3段階に分類され、異形成の程度が高度である場合にはがん化しやすといわれています。病理検査によって、上皮内がん、あるいは扁平上皮がんなどの結果であった場合は口腔がんとしての検索が必要となります。


白板症は喫煙率が高いことも関係します。禁煙すると消失することもあります。

これから私が直接携わった口腔がんの一部の症例をご紹介します。画像はショックを受ける方もいるかもしれませんが、皆さんに口腔がんの怖さについて少しでも知っていただきたいと思い、敢えてお見せします。

①舌がん症例

左の舌の後方に潰瘍型のがんが生じています。

頸部転移リンパ節の制御において最も確実性の高い頸部郭清術を行います。リンパ節はがんが進行していくのを守る所謂「堤防」の役目をしています。深部に進行していかないようできるだけ原発巣に近い所属転移リンパ節を取り除く目的で頸部郭清術を行います。頸部リンパ節には口腔がんが転移をする確率が高い領域があります。また転移をきたした口腔がんの頸部郭清は原発巣を含めてen block(一塊切除)に行われることから口腔外科における頸部郭清術には郭清範囲や手術の手順に独特なものがあります。初めに頸部郭清術を行い、その後原発巣の切除を行った後に再建手術という流れになります。口腔がんではがん細胞が最初にたどりつくリンパ節は顎下リンパ節です。例えば乳がんでは腋窩リンパ節です。がん細胞が最初に転移するリンパ節を「センチネルリンパ節」といいます。この症例では頸部郭清術を行い、リンパ節や周囲の組織を取り除いています。従来、頸部郭清術は浅頸筋膜と深頸筋膜浅葉や気管前葉に囲まれた領域の頸部リンパ節を含む組織を、頸動脈と迷走神経、横隔膜神経を除いて、内頸静脈、胸鎖乳突筋、副神経など全て切除する根治的頸部郭清術(radical neck dissection)が行われてきましたが、術後の機能障害が大きいため、より低侵襲の根治的頸部郭清術変法(modified radical neck dissection)が行われてきました。機能障害とは副神経を切除することで肩下垂、肩をすくめられない、動かすと痛みが生じてしまうなどのことです。さらに原発部位とレベル別のリンパ節転移頻度が検討されて、口腔がんではLevelⅠ~Ⅲの転移頻度が高いことが示されました。(Level1;オトガイ下リンパ節・顎下リンパ節、Level2;上内深頸リンパ節、Level3;中内深頸リンパ節、Level4;下内深頸リンパ節、Level5;鎖骨上窩リンパ節・外側内頸リンパ節・副神経リンパ節)そのため、治療的頸廓清術の一部や予防的頸部廓清術においては肩甲舌骨筋上頸部郭清術(supraomohyoid neck dissection)が行われるようになりました。口腔がんでは肩甲骨と舌骨を結ぶ筋肉より上方にあるレベルのリンパ節に転移しやすいためです。この症例では予防的頸部郭清として肩甲舌骨筋上頸部郭清術が行われました。

がんを含めた舌の一部を切除します。

切除して欠損した部分が大きい場合、術後機能障害が生じるため、身体の他の部分から移植します。これが再建手術です。この症例では腹直筋皮弁(お腹の皮膚)にて再建しています。皮弁とは「血流のある皮膚、皮膚組織や深部組織」であり、血管をつけたまま移植部位へ移動する「有茎皮弁」と血管を切り離してマイクロサージャリ―による吻合を要する「遊離皮弁」があります。この症例は遊離腹直筋皮弁による再建です。下腹壁動脈を栄養血管とする腹直筋皮弁は血管径が太く、皮弁への血流が豊富であること、比較的長い血管柄を作ることができること、さらに筋肉皮膚穿通枝を温存することで、筋体の量だけでなく、皮弁の皮下組織の量も比較的自由に調整できるというような特徴があるため頭頸部再建の再建材料として遊離組織移植によく使われます。乳がん摘出後の乳房再建などにも使用されます。再建手術時は大体、当時の栃木県立がんセンター形成外科医長 矢澤先生に担当していただいておりました。現在は慶應義塾大学医学部形成外科の講師を務められています。先生には色々とご指導いただき、大変勉強になりました。また、当時日本における頭頸部腫瘍、頸部廓清術の大家といわれた静岡市立清水病院耳鼻咽喉科の行木英生先生が定期的にいらっしゃっておりましたのでよく手術を見学させていただきました。 先生の頸部廓清術はまさに芸術といいますか、解剖学そのものでした。手術後飲みに連れて行って下さり、色々なお話を聞かせていただきたのもいい思い出です。

採取したお腹の皮膚の血管と切除された部分の血管を繋げて移植します。

再建終了時。手術後数週間は毎日、「フラップチェック」といって、皮弁が生着しているか確認します。移植部分に針を刺し、出血すれば移植は良好に経過していることになります。壊死した場合うまくいかなかったことと判断します。血管がうまく繋がっていなかったり、ガンが残っている場合生着しません。
②下顎歯肉がん症例


私が初診担当でした。初診の時点で歯肉がんが顎骨に浸潤していました。

浮遊歯といってがんが浸潤して、歯が浮いているような画像が特徴です。

CT所見

頸部郭清術を行い、がんが転移したリンパ節を取り除きます。

歯肉のがんといっても顎骨に浸潤しているため顎骨ごと切除します。

移植した骨をチタンプレートで固定します。




遊離前腕皮弁による再建。 前腕(腕のひじから手首までの部分)皮弁は薄くしなやかな皮弁であり、長い血管柄を有するため、頭頸部再建に多用されている皮弁の一つです。適応としては、おおむね半側までの舌口腔底欠損、頬粘膜、中咽頭欠損などです。

切除した部位に移植再建します。
③上顎がん症例

上顎にできるがんです。画像所見にて広範囲に浸潤しています。

はじめに頸部郭清術を行います。

次に顔面の皮膚を切開します。皮切はWeber‐Fergusonの切開を頬骨上へ延長し、さらに側鼻切開を眉毛内側端まで加え上顎骨を露出させます。

上顎骨を切除します。

術後しばらくの間は出血が続くので欠損部にはガーゼを充填し、病棟の処置室でガーゼの交換を行います。その後上顎が欠損した部位には顎補綴(がくほてつ)といって上顎を含む義歯を装着します。
④下顎骨中心性がん症例
下顎骨中心性がんはかなりまれな悪性腫瘍です。

初診時。すでに皮膚からがんが飛び出しています。

歯肉にも浸潤しています。

典型的ながんの所見です。

パノラマX線所見。がんにより広範囲に顎骨が溶けて歯が浮いているように見える「浮遊歯」の所見。


手術時。

顎骨を広範囲に切除します。

頸部郭清術を行い、がんが転移したリンパ節と周囲の組織を切除します。写真の太い血管は内頸静脈です。


腓骨(足)を用いた再建を行います。 術後下顎骨の連続性が失われると、下顎骨はグラグラになり、位置がずれてしまいます。血管柄付き腓骨皮弁は長い骨が得られる、しなやかな皮弁が得られる、複数の骨切りができる、などの利点から下顎骨再建に最も行われる術式です。

頸部に移動した骨を下顎再建プレートにて残存した下顎骨に固定し終わった所見。


術後パノラマX線所見。
このような頸部郭清術、再建手術を行った場合、術後必ずICU(集中治療室)に入ります。頸部郭清術を行った場合、術後呼吸困難(息をする道が腫れてしまい、一時的とはいえ呼吸ができなくなることがあります)になりやすくなるため気管切開術を行い、気管カニューレを挿入します。
数日後落ち着いたら通常の病室に移ります。

気管切開術は前頸部の皮膚を切開して皮下組織や筋肉を剥離し、気管を露出させます。気管を逆U字型に切開し、その部分からカニューレを挿入してカフで固定します。その後、カニューレを皮膚と縫合することで固定し、皮膚も一部縫合した開口部をガーゼで覆います。

大きな手術の場合、術中大量出血を生じることがあるため、術前に自己血を貯血し、輸血を行うこともあります。
また、口腔外科の手術は口の手術ですので、多くの症例で術後は経鼻経腸栄養となります。患者さんの鼻孔から栄養チューブを挿入し、食道を通って栄養チューブ先端を胃に留置し栄養剤を投与することです。大体、全身麻酔の手術後、まだ患者さんの意識が薄いときに挿入するのですが、その後病室などで抜けてしまうことがあり、通常の意識下で再度挿入すると患者さんはとても辛がります。当直などで夜中に抜けて病室にいって挿入し直しにいくこともよくありました。辛くで自分で抜いてしまった方もいましたね。もちろん、このような大きな手術の後は、しばらくは点滴で栄養の管理を行います。
また、全身麻酔の際、通常の手術は経口挿管(麻酔のカニューレを口から入れる)ですが、口腔外科では口の手術ですので、ほとんどの場合、経鼻挿管(麻酔のカニューレを鼻から入れる)となるのも特徴です。経鼻挿管は難しいんですよね。
⑤頬粘膜がん症例

頬の粘膜に生じるがんです。

切除範囲を最小限に留めるため、術前化学療法(NAC;neoadjuvant chemotherapyネオアジュバントケモテラピー)を行います。
終了時所見。抗がん剤の効果でがんが縮小しています。

手術時。

がんを切除。
⑥舌がん症例

初診時所見

切除範囲を最小限に留めるため、術前化学療法(NAC;neoadjuvant chemotherapyネオアジュバントケモテラピー)を行います。
1クール目終了時

2クール目終了時。抗がん剤の効果でがんが縮小しています。 口腔がんで主に投与される抗がん剤として、アクプラ、タキソテール、5-FU注、ランダ注、ブレオ注、マイトマイシンなどが挙げられます。ただし抗がん剤の副作用として、骨髄抑制(血液を作り出す骨髄の機能が障害を受けると、白血球や赤血球、血小板などが減少すること。化学療法の1~2週間後に影響が強く出ます。)により血液細胞が減少したり、髪の毛や爪が伸びなくなったり、感染しやすくなったり、食欲の低下、貧血、吐き気、口内炎、脱毛などの症状が現れたりします。これらに対する治療も行います。とくに骨髄抑制により白血球が大幅に減少すると容易に感染しやすくなりますので、生ものなどの摂食も禁止となります、場合により白血球を増やす薬を投与します。患者さんが副作用によって病床でぐったりして「先生・・・食欲がない。だるい・・・」といわれたときはとても心苦しい時です。術後に微小転移を防ぐ目的で内服の抗がん剤をしばらく服用してもらう場合もあります。

手術前。

その後手術で切除します。

切除標本。病理検査に出します。

いくつか症例を提示しましたが、口腔がんは近年増加傾向にあるがんです。最近は若年者の口腔がんも増えてきているといわれています。
飲酒や、合わない入れ歯や被せ物などによる慢性的な刺激など種々のリスクファクターが挙げられていますが、中でも喫煙は他のがん同様最大のリスクファクターといえます。喫煙者の口腔がん発生率は非喫煙者に比べ約7倍も高く、死亡率は約4倍も高いという報告があります。
昨年、歯科医師会より「世田谷区の禁煙支援・健康教育専門部会」の委員に選出していただいたため、このようなお話もさせていただきました。
これから日本ではますます禁煙に対する活動が盛んになることと思われますが、他国に比べてインパクトのある情報が乏しいのが現状です。

海外のたばこのパッケージです。これくらいインパクトがあれば少しはがんに対する怖さが伝わるのかも知れません。

また、私が所属しております東京都玉川歯科医師会では全国に先駆けて「口腔がん検診」を実施しております。対象年齢は世田谷区民で該当年度で61歳、66歳、71歳となり、患者さんのご負担は700円です。

口腔がんは早期発見・早期治療が重要です。ご心配な方はお気軽にご相談下さい。

今回ご紹介した症例は、ごく一部に過ぎず、2年間ほぼ毎週のように頸部郭清術、再建手術を併用した口腔がんの拡大手術を経験しました。
長いときは20時間におよぶ手術などもありましたね。手術後も、それで終わりではなく、切除したリンパ節の標本を作製したり、ICUで明け方まで呼吸管理や疼痛管理などの術後管理をしたりとほぼ不眠の日々でした。自宅に帰れないのでよく手術場のお風呂を使っていました。

勤務医時代においては心身ともに最も過酷な2年でした。そんな大変な毎日を乗り越えられたのも一緒になって支えて下さった方々がいたからです。病院長を始め、各科の先生方、病棟、外来、手術室、ICUの看護士さん達、放射線技師、臨床検査技師、事務や受付の方々、とくに抗がん剤のレジュメでは薬剤師の方々・・本当に皆様には色々とお世話になりました。

ちょうど私と入れ替わりに病棟に配属された新人ナース。初々しい。あれから13年・・今ではベテランナースになっているんだろうな。

どんなに大変な時でも常に笑顔で明るかった色白でかわいい斎藤さん。病棟に行くたびに笑わせてもらってました。

いつも可愛いかった松山さん。マツとは仕事の後よく一緒に飲みにいったなー。元気かな?

超絶美人の副看護師長ヒサエさん。たまに食堂でご一緒する機会がありましたが、この美貌を前にすると「カツカレー」の存在すら忘れさせられたものでした。

2年間お世話になった東5階病棟(眼科・耳鼻咽喉科・口腔外科)の看護師さん達との思い出の写真。左上は慶應耳鼻咽喉科の渡部医師。外来、病棟、手術室、ICUなど病院中の看護師さん達から「プリンス」のあだ名を付けていただいたのは懐かしい思い出です。あれから早13年。今では髪も大分薄くなってきました^^;今度は「キング」と呼んでいただけるように日々頑張りたいと思います!
皆様お元気でお過ごしのことと思います。皆様の健康とご活躍を心からお祈りいたします。いつの日かまたお会いしたいです。


2019.01.05 : 新年のご挨拶

皆様、新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
また、日頃は当クリニックをご利用いただきましてありがとうございます。
皆様におかれましては健やかな新年をお迎えになられたことと思います。
1月は一年の始まりではありますが、今年の場合は、平成最後の正月ということになります。
いよいよ平成最後の年の始まりです。5月からは新元号となりますね。
当クリニックは1月5日より年始の診療を開始しております。

さて、私は初詣は目黒不動尊に行って参りました。

日本三大不動の一つとして、熊本の木原不動尊、千葉の成田不動尊と並んで親しまれている目黒区では一番立派なお寺。
こちら天台宗泰叡山龍泉寺は、大正3年(808)に慈覚大使が開創したといわれ、不動明王を本尊とし、通常「目黒不動尊」と呼び親しまれています。
江戸時代には3代将軍徳川家光の帰依により堂塔伽藍の造営が行われ、それ以降幕府の暑い保護を受けました。また、五色不動(目黒・目白・目赤・目黄・目青)の一つとして広く人々の信仰を集め、江戸近郊における有名な行楽地になり、門前町とともに大いに賑ったとされています。
さらに、江戸時代後期には富くじが行われるようになり、湯島天神と谷中の感応時と並んで「江戸の三富」と称されました。
境内の古い建物は戦災でその大半が焼失しましたが、「前不動堂」(都指定文化財)と「勢至堂」(区指定文化財)は災厄を免れ、江戸時代の仏堂建築の貴重な姿を今日に伝えています。
その他、境内には「銅造役の行者い像」、「銅造大日如来坐像」(ともに区指定文化財)があり、仁王門左手池近くには、「山手七福神」の一つの恵比寿神が祀られています。


元日早々に「うなぎ屋さん」に人だかりができていて風情のある光景でした。


自由が丘のパワースポット「熊野神社」も参拝しましたよー。

早いもので今月で開業して丸7年を迎えることができました。地域の皆様、日頃ご紹介をして下さる関係者の皆様に支えていただきましたことを改めて御礼申し上げます。最近では、自由が丘の街を歩いていたり、お店に行った際に、患者さんからお声をかけていただく機会も多くなり、大変嬉しく思っております。
昨年も一般的な歯科治療に加え、上顎洞底拳上術を併用した難症例のインプラント手術や難抜歯など多くの口腔外科手術を行わせていただきましたが、今年は今まで以上に「外科の基本的な手術手技」に忠実に、「よりきれいな切開、縫合」、また「より侵襲の少ない」、「安心安全な口腔外科手術」に力を入れていきたいと思っている所存です。
「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と叱られないような1年にしたいと思います。
本年も昨年以上に皆様のお口の健康を良好にサポートできるクリニックを目指し努力して参りますので何卒よろしくお願い申し上げます。
                                      院長 髙木謙一


2018.11.24 : 紅葉シーズン

院長の髙木です。もう11月下旬ですね。紅葉シーズンです。
自由が丘駅から10分弱の紅葉の名所「九品仏 浄真寺」。
九品仏の名前で親しまれていますが、正式には「九品仏唯在念仏院浄真寺」といい、浄土宗に属し、境内約12万㎡は往古の面影を保存する都内有数の風致地区です。
都内とは思えないほど美しい紅葉を見ることができます。

総門をくぐって境内に入ります。


仁王門をくぐると前方に都天然記念物の九品仏の銀杏がみえてきます。

樹齢700年以上だそうです。

真っ赤に染まってますねー。

境内を彩るモミジや、都天然記念物の銀杏は見応えありますね。
あざやかな紅葉の季節、どうぞお健やかにお過ごしください。


2018.11.19 : 神宮外苑の銀杏並木

院長の髙木です。大分冷え込んできましたね。
先日久しぶりの休日に神宮外苑の銀杏並木道に足を運んできました。
明治神宮外苑のシンボルともいえる聖徳記念絵画館といちょう並木。
青山通りから絵画館に向かって四列に木々が連なる景観は都内を代表する風景のひとつですね。

見頃は、例年11月中旬から12月初旬ころ。
ピークを迎える外苑前の銀杏並木は、黄緑の青々しい葉の色からあたたかい黄金色に変わっていきます。

見どころは何と言っても、黄金色のトンネル。
聖徳絵画館から青山通りにまっすぐと伸びる、長さおよそ300mもの銀杏並木はやはり見ものですね。
一晩でヒラリと落ちてしまう銀杏の特徴からびっしりと敷き詰められた黄金色の絨毯が作り出す美しい通り道。
左右に聳え立つ銀杏の木でまるでトンネルをくぐっているかのような気分にさせてくれます。

2015年に開業した「シェイクシャック」は未だに行列をつくる人気ぶり。スターバックス同様、サザビーと提携して日本に出店したんですよね。抗生物質や成長ホルモンを使用しないビーフや、トランス脂肪酸を排除したフライドポテトなど品質がよいので流行るのも納得です。
「神宮外苑 いちょう祭り」も開催されており多くの人で賑わっていました。


神宮外苑にほど近い信濃町駅前には私が長いこと勤務した慶應義塾大学病院があります。
オンコール、当直で夜中から明け方になるまで救急車で搬送されてくる顎骨骨折などの顎顔面口腔外傷、観血処置後の多量出血、蜂窩織炎などの重篤な炎症の患者さんの診療、寝ようとすると病棟から呼ばれて大変だったことなど、当時の記憶が蘇りましたw
今では考えられないことですが、私の時代は研修医1年目から一人で当直していたんですね。病棟も救急外来も両方対応しなければならなかったのでそれはもう大変でした。

北里講堂の場所も大分変わっていました。

寒くなってきましたので皆様風邪など召されませぬようご自愛ください。


2018.10.29 : 8020歯っぴい&健康フェスタ世田谷

院長の髙木です。
去る10月28日(日)に三軒茶屋 キャロットタワー4・5階 生活工房ワークショップ・セミナールームで毎年恒例の「8020歯っぴい&健康フェスタ」が開催されました。今朝の朝日新聞に小さく掲載されましたよ。

このイベントは世田谷区歯科医師会、玉川歯科医師会、世田谷区、世田谷区保険センターが共催で毎年1回開催されます。
今回は世田谷区歯科医師会に当番を担当していただきました。



歯っぴいコーナーでは歯科医師が口臭測定を、歯科衛生士が歯磨き指導、唾液腺マッサージを行い、歯科技工士が「義歯と被せ物ができるまで」を展示しました。

「食育講座」明日も元気に!しっかり食事をテーマに高齢者の方のためのメニューの紹介と調理の工夫が紹介されました。

世田谷区内ご在住の80歳以上の方で、ご自身の歯が20本以上ある方を対象に、「8020表彰」が行われました。
今回は52名の方が表彰されました。
おめでとうございます。健康はお口からですよ!

「手軽に5秒間腹筋・5秒筋トレで姿勢改善!腰痛軽減!いつまでも動けるカラダに♪」
今回は国士館大学特別研究員・パーソナルトレーナー、徹子の部屋ゲスト出演された松井 薫氏に講演していただきました。
合間に皆で体操を行うなどとても良い講演でした。
東京家政大学公衆衛生学教授の松田正己先生の「教えて、あなたの健康プラス1~健康カタログを作ろう!~」のご講演もありました。
先生には現在「世田谷区健康つくり推進委員会 禁煙支援・健康教育専門部会」で部会員として大変お世話になっております。
健康つくりブースでは「体成分分析測定」「食育情報コーナー」「世田谷区薬剤師会の薬剤師による薬相談」「感染症や食中毒予防の情報コーナー」などが設けられました。
様々な健康への関心と理解を深めるにはとても良いイベントですね。
来年は当会が当番ですので頑張ります。


2018.10.23 : がんと食生活

院長の髙木です。
美味しい食べ物も多い季節ですが、日々の食事、健康には十分留意したいですね。
私も40歳を過ぎたころから、食生活にはとても気を遣うようになりました。
添加物が多い食品(PH調整剤、リン酸塩、亜硝酸Na等)、トランス脂肪酸(ショートニング・マーガリン)、加工肉など挙げればきりがないですが、体に良くないものは極力食べないようにしています。
さて、先日新聞で「がんと食生活」について書かれたコラムがあったのでちょっとご紹介します。

以下は東京大学病院准教授 中川 恵一氏の記事からの引用です。
「極端な菜食主義はがんの予防でもマイナスです。では、どんな食事が理想的なのでしょうか?
まず、塩分を控えることで胃がんの危険が減ります。特にピロリ菌の感染がある人が、イクラ、塩辛、練りウニといった「塩蔵品」を摂り過ぎると、胃がんのリスクが高まることが分かっています。
次に、野菜・果物は、食道がんをほぼ確実に減らします。野菜・果物はできるだけ毎日食べましょう。
野菜を小鉢で5皿分と果物1皿分を毎日食べれば十分です。とりわけ、ブロッコリーやキャベツなどアブラナ科の野菜にがんの予防効果があるというデータが集まっています。日本人のデータでも、胃がんや大腸がんになった人たちはブロッコリーを食べない傾向がありました。
私は猫舌ですが、熱い飲み物や食べ物を冷やさないで口にすることは、食道がんのリスクを高めます。またハムやソーセージなどの加工肉や、牛などの赤肉は大腸がんのリスクを上げることが国際的に知られていますが、日本人の場合は肉の摂取量が限られており、心配はまず要りません。
肉や魚などの焦げには、ヘテロサイクリックアミンなど発がん性のある物質が微量ながら存在します。しかし、普通の食生活の中で焦げを食べても、がんができやすくなる心配はまずありません。なお、大根おろしに含まれる酵素が焦げの発がん物質を分解することがわかっています。
逆に魚に含まれる「魚脂」が心筋梗塞のほか、大腸がんや乳がんを防ぐ可能性があります。また、味噌や納豆などに含まれる「大豆イソフラボン」が乳がんや前立腺がんを防ぐというデータもあります。肉ばかりでなく、魚や大豆も含めてバランスよくたんぱく質をとることが大切です。1960年、75年、90年、2005年の日本人の平均的メニューを用意し、実際に調理したものを粉末化してマウスに8か月間食べさせた実験があります。その結果、75年ごろのメニューを食べたマウスが一番長生きで、がんも少なかったことが分かりました。
75年当時の食事は伝統的な和食に肉や卵がプラスされ、理想的なバランスが得られました。これが日本人の長寿化に大いに貢献したはずです。」
やはり魚は良いんですね。野菜をきちんと食べて、偏りのないバランスのとれた食生活を心掛けたいですね。


2018.10.10 : 玉川歯科医師会理事に就任いたしました

院長の髙木です。
少し前のお話になりますが、本年7月1日をもちまして「公益社団法人 東京都玉川歯科医師会」の理事に就任いたしました。
このような重責を担うこととなり、非常に光栄であると同時に身の引き締まる思いでございます。

余談ですが、近年新規で開業される先生方の歯科医師会加入率が低迷している中、嬉しいことに本会ではここ2年間ですでに11名もの入会がありました。地域医療に対して住民や行政の主たる窓口を担っているのが歯科医師会ですので、入会者が減少していけば、将来的にそういった地域住民や行政への歯科医療活動がどんどんできなくなってしまうのです。現在中心になって活躍されている先生方はもはやボランティアでやっているといっても過言ではありません。これから開業を予定されている先生方にはこのような点にも是非目を向けていただけると嬉しく思います。
私も入会させていただいて以来、本会には沢山のメンターの先生がいらっしゃいます。先輩の先生方から学ばせていただくことは多々ありますし、沢山の出会いがありますので是非入会を検討していただけると幸いに存じます。
私自身は、役員に就任してからこの数か月で仕事が格段に増えました。
先月は、理事会2回、理事担当の委員会が1回、玉川三師会(医師会・歯科医師会・薬剤師会のこと)連絡協議会、玉川総合支所連絡協議会、世田谷区歯科医師会玉川歯科医師会連絡協議会と多くの会に出席しました。
これらに加えて月によっては講演会や各種イベントへの出席もあります。
また、この度「世田谷区健康づくり推進委員会 禁煙支援・健康教育専門部会」の部会員にも玉川歯科医師会を代表して選出していただきました。それゆえ、例えば会議が19時開始の場合、通常の19時までの診療が不可能なこともございます。これらはすべて診療後の夜から行われますので多忙を極めます。ですのでこのところ少し睡眠不足です^_^;
どうしても診療時間等調整ができず患者さんにご迷惑をお掛けしてしまうこともあると思いますが、歯科医師会の本来の目的である「公衆衛生および予防医学の普及向上を図り、地域社会の福祉増進に寄与する」ことを遂行するため一生懸命活動してまいりますので、何卒ご理解賜りますよう、この場をお借りして改めてお願い申し上げます。


先日は「世田谷区健康つくり推進委員会 禁煙支援・健康教育専門部会」の会議が世田谷区役所で行われましたので出席してまいりました。
大学教授の先生を筆頭に、世田谷区医師会、玉川医師会、世田谷区薬剤師会、玉川砧薬剤師会、世田谷区歯科医師会、そして本会より1名ずつの外部委員と、世田谷区保健所長などの庁内委員の方々、また事務局の方々で構成されている部会です。
「未成年者・妊産婦等への禁煙・受動喫煙の健康影響」や「禁煙したい方への応援」などをテーマに行政・医・歯・薬それぞれ専門的な協議が活発に行われます。
2020年オリンピックに向けて、特に東京都では禁煙・受動喫煙防止の世界水準化ももうすぐといったところです。現在は公立の小・中学校では職員の方でも校内では一切喫煙できなくなっているのはご存じのことと思います。
歯科的には喫煙は「口腔がん」「歯周病」のリスクファクターとなります。口腔がんに関しては最近では10代、20代の事例も頻発し初めておりますので過去のように「口腔がん=喫煙者、高齢者のがん」という考えはもはや古いですが、それでもリスクが高まることに違いはありません。私が所属しております玉川歯科医師会では全国に先駆け「口腔がん検診」を立ち上げ、現在では全国的に普及し、多くの歯科医師会でも行われております。
ただ加熱式タバコの登場が禁煙・受動喫煙防止をややこしくしているのが現状です。
日々の診療に加えて、歯科医師会の事業にも全力を尽くしてまいりますので何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

玉川歯科医師会役員集合写真



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